8.子宮鏡下手術②

目が覚めました。
すごく眠いのに何かで起こされてしまった感覚。
自分がここで何をしているのか一瞬分かりませんでした。そして天井を見て手術が終わったことを悟りました。
先生と皆さんにお礼を言えました。

するとストレッチャーが動き出し、すでに移されていたことに気が付きます。
手術室を出る前に申し送りで先生が「手術時間18分!点滴は一本!」と言ったのを覚えています。
それにしても18分だったのですね。20分でできるよとおっしゃっていたのは本当だったのですね。

あとは麻酔から完全に覚めるまで点滴を打ち続け、結局歩く練習をするまで4時間かかりました。
先生も何度か様子を見に来たり、取れた筋腫を見せに来たりしました。
筋腫は思っていたよりは大きかったです。先生も「今まで生理大変だったでしょう。」と言ってくださいました。

回復は早く、夕食はもう普通食です。
麻酔が切れたら痛いかなと思いましたが、これがちっとも痛くない。多少重いくらいです。
取れた筋腫を見なかったら手術したことが信じられないくらいです。

ただひとつおかしかったのは尿の出のことです。
カテーテルを入れていたせいかなと思ったのですが、尿管がぴたっとくっついてしまている感覚なのです。
「ああ、手術で筋腫は取れたけど、私の尿管はおかしくなってしまった・・・。」とずっと心配していました。

夕食後膣に入っているガーゼを取る処置があり、一番に先生にそのことを訴えました。
ガーゼが入っているし、手術したから最初は違和感があります。そのうち治ります。とのことでした。
ホントかな?と思いつつとりあえずガーゼを取ってもらいました。
するとどうでしょう。まだかまだかという量のガーゼが次々と引っ張られて出てきまます。
そしてその後にトイレ。見事に普通に出てきました。ガーゼの量恐るべし!

こういう訳で「子宮鏡下手術」はあっという間に無事に終わりました。
何もトラブルなくきれいに取っていただいて本当に先生に感謝しています。
もしも最初言われたように「子宮全摘」をただ素直に受け入れていたら今頃どうなっていたでしょう。
納得してのことならいいのです。
しかしもしも医者の言うことであっても納得がいっていないのであれば、自分の気持ちにふたをせず正直な思いを伝えるべきだと今思います。
私はこうして「子宮鏡下手術」の道を選択しました。

私は何も「子宮全摘」が悪いと言っているわけではありません。
何がいいことで何がよくないかは、その方の生活や年齢、そしてその方の考え方によっても違ってくると思います。
いずれの方法を選ぶにしても、言われるままの受け身の患者ではなく、言われたことを元にして自分でも色々と調べ「納得した上で」方法を選び取って欲しいのです。

もしも、私のこの経験が「子宮筋腫」、特に「粘膜下筋腫」で悩む方々の参考になれば幸いです。
長い文章を読んでいただき感謝いたします。

5年後:2人目不妊ブログ

7.子宮鏡下手術①

いよいよ「子宮鏡下手術」のため入院いたしました。
回復が早いので入院期間は2泊3日です。手術の翌日には退院なのですから驚きです。

入院してからすぐに採血や看護師からの質問、麻酔科医の説明質問等がありました。

夕方には前日処置のために呼ばれました。これは「ラミナリア」という恐怖の処置です。
実を言うと私は手術よりも「ラミナリア」が一番怖かったのです。

これもまたネットで調べすぎかもしれませんが、痛いことで有名だからです。
海藻でできた棒を入れて、水を含んで徐々に膨らんでいきます。こうして子宮の入り口を前日から開いておくのです。
釘を打ちこまれるようだとか、血の気が引いて気絶しそうになったとか色々書いてあったからです。

看護師さんに痛くないか聞きましたがこちらの顔を見つめるばかりで否定してくれませんでした。怖い!
処置室に入り、先生に挨拶をし、すかさず「これ痛いんですよね?」と聞きましたが、先生も否定してくれません。怖い!
もうどうでもいいわ!と心を決めてお願いしました。

するとなにやらやっていてしばらくして「ハイ。これで終わりですヨ。」と先生。

驚いた。全然痛くなかったのです!!

先生にそう言うと「私がしたからヨー。」と言いました。
「これが私の手術で一番痛いところ。」とも言いました。
ちなみに同室者はとても痛かったそうです。人によるのでしょうか?

その晩は興奮していてほとんど眠れませんでした。

夜が明けていよいよ手術日です、私の手術の順番は2番目でした。
私はどきどきしながら順番を待ちました。足には血栓防止のストッキングを履いています。

10時になって看護師がお迎えに来ました。
自分の足で手術室まで向かうのです。
前に手術したときはストレッチャーでしたのでこれもまた新鮮でした。
初めは余裕で歩いていましたが、いよいよ手術室の手前まで来たときに緊張が高まりました。
私の名前をフルネームで言わされ、看護師と手術の助手の方とで、私の番号を一緒に読み上げていました。
間違いのないよう徹底しています。

そして中へ呼ばれます。
いわゆるドラマで観るようなライトが天井にあり、その下に手術台があります。
先生は後ろを向いて私の画像を真剣に見ています。
手術台に上りパジャマの上を脱ぎます。女性の助手さんが布で見えないよう隠してくれます。男の人はいっせいに後ろを向きました。
そして頭を枕において横たわります。
右腕に血圧計、左手の甲には点滴の針を刺されます。
結構太い針で痛いのですが、もうそれどころではありません。
顔にマスクが来て「これで眠るんですか?」と聞くと「これは酸素マスクです。麻酔は点滴から来ます。」と教えてくれました。
そして「それでは行きます。手がしびれますよ。」と言う通り手の甲、次に腕としびれてきます。
「なんか変、なんか変!」
「そうですよね。しびれますよね。」
で、何も記憶がなくなりました。

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6.新しい病院へ名医にお会いする

紹介状を持ってその病院へ行きました。
先生はとても忙しい方なので元から初診ではお会いできないことになっています。
なので他の先生に診ていただき、「子宮鏡下手術」の患者かどうか見極められてからのこととなります。

初診の医師はやはり「子宮全摘」にしなくていいのか何度か聞いてきました。
「子宮鏡下手術」では再発のリスクもあるし、他の筋腫が育つ可能性もある。
大きくなってくると便秘や頻尿などの不快症状も出てくるかもしれない。
また「粘膜下筋腫」を取っても貧血が治るかどうかはやってみないと分からない。
など理由をいくつか並べたてて最後にもう一度念を押されました。
しかし色々リスクがあるのは知っていましたがそれでもこの方法でやりたいことを告げました。
そして次回「子宮鏡検査」を受ける予約が取れました。

次の診察日。いよいよ紹介された先生にお会いできました。
名前を呼ばれ中に入ると先生が座っておられました。
初対面なのですがとてもフレンドリーな様子で、少しお話しただけで心が打ち解けてしまいました。
「さてあなたのはボクに取れるかな?診てみましょう。」

そして隣の部屋で「子宮鏡検査」をしました。
これは中に液体を入れて、子宮の中を直接内視鏡で見る検査のようです。
痛いとも聞いていますが、この先生のは痛くないとの情報もネットで見ていました。
緊張しましたがお任せしようと開き直り、あまり力を入れず深呼吸しながら臨みました。
すると何にも痛くない!
もっと苦痛かと思いましたが、何もなく検査は終わりました。

そしてまた診察室に戻り「手術できます。」とおしゃっていただけました。
「これはボクだからできるんだよ。他の病院に行ったらみんなに全摘って言われる。」
しかも「この筋腫なら20分で取れます。ボクだからね。」とおっしゃって、私はもう本当にびっくりました。20分って!
手術があれだけ嫌だったのですが、腕のいい先生に手術してもらえると聞いて一気にテンションが高くなってしまいました。
それから手術に備え「血液検査」「レントゲン」「心電図」の検査をしました。

また診察室に戻ると、手術日を決め、また手術と説明日には家族が来るように言われました。
しかしうちは要介護の親がおり、私は独身でここまで来れる家族はいないのです。
すると先生は肩をたたき「大丈夫。心配しないで。」と励ましてくださり、同意書をもらってくれば大丈夫とおっしゃてくださいました。

またその場で私に手術の説明を始めました。
今までの症例数、そして穴が開いてしまって開腹に切り替えた人数、そして全摘になってしまったケースなど。
その症例数は驚くべき数で、そのうち残念なことになったケースはほんのわずかであることが分かりました。
また手術のリスク等を説明されました。
それを承知し同意書を書いてくるように言われました。

あと一回受診し、あとはいっきに手術となります。

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5.子宮鏡下手術を勧められる

家に帰ってからも色々と悩みました。勧められたとおり「子宮全摘」をすべきか。

私は独身でもう閉経近いのですから、まさか子どもを産むことはありません。
家族も「それならば取っちゃいなさいよ。」と言ってきました。
姉は知り合いに「子宮全摘」をした人がいて、取ったらすごく元気になったと言っています。

しかし、私にはまだ納得がいきません。
取った方が将来のがんのリスクもなくなるとも言われました。
では他の臓器も将来がんになるといけないからといって全摘するでしょうか?
それにやはり、いらないものかもしれないとしても「女性として子宮は残したい」これが私の心の底で思っている本音でした。

しばらくて再び病院を訪れMRIを撮りました。
撮る前にとても緊張しました。それも前の人が伸びているせいなのか、なかなか順番が呼ばれません。
私はそのときにまた色々と考えていました。
そして「やはり私は全摘はしたくないんだ。これが私の本当に気持ちだ。」と確信しました。
「流れのままに全摘をしたら絶対に後悔する。この気持ちを素直に先生にお話ししよう。」と思いました。
そして名前が呼ばれ、MRIを無事に受け、その日の病院は終わりました。

次回、婦人科を訪れた時に先生と一緒に画像を見ました。
素人でも分かるくらいにポコポコと丸いものが子宮のあちこちについていました。
いくつあるか尋ねると「小さいのも入れると数えきれない。」と言われてしまいました。
そして先生がエコーで影が見えると疑った通り、子宮内に「粘膜下筋腫」がぽっこりとついていました。

私は家で色々と調べていたので、まずは「MEA」という子宮内膜をマイクロ波で焼く方法はどうか質問しました。
これなら体への負担も少なく生理の量が減ると思ったのです。
ところが先生は「筋腫があるからねぇ。それはよくないと思うよ。」と言いました。

しかし、私が全摘はしたくないと言い出す前に、その気持ちを汲んでくださった先生は粘膜下筋腫だけを取る手術「子宮鏡下手術」を勧めてくださいました。
これは私も調べており、どうしても手術となったらこれがいいと考えていたものでした。
しかし先生の見立てでは「もし仮に10人の医者がいたとして、そのうちの7人はやりたくないと言うだろう。」「怖くてできない。」と言いました。
「でも一人だけいい先生を知っているから紹介します。」「その先生ができないと言ったらもう日本でやれる医者はいない。」とも言いました。

私はネットで見て別のところで受けたかったので、初めは我が家から遠いその病院は躊躇しました。
しかし粘る先生の説得によりその名医に賭けてみようと思うようになりました。
「粘膜下筋腫ひとつ取るだけで、その後の生活の質が全然違うから!」と励ましてくださいました。

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4.婦人科で子宮全摘を勧められる

それで再び婦人科を訪れました。前回の病院は印象が悪かったので、もう少し大きな総合病院内の婦人科にかかりました。
そこはとてもきれいな病院で、婦人科だけ待合室に扉が設けてあり心遣いがあるところだなと思いました。

その日もまだ貧血の症状はあったので、初診では内診等は勘弁してもらおうと考えていました。
先生は優しそうな若い方で、こちらの話をよく聞いてくださいました。
内診は前回のこともありやりたくない気持ちが強かったのですが、すぐに済むから貧血でも大丈夫とのことでお願いすることにしました。

やはり器具を入れる時は痛かったのですが、前回ほど痛みはひどくなく、これなら我慢できるかなと思いました。
内診とエコーをした結果、やはり子宮筋腫がいくつも見えますとのことでした。
それで初耳だったことは、筋腫がたくさんある中のうち、どうもやっかいなのがひとつあるようだとのことでした。

先生は図を用いて説明をしてくださいました。
筋腫にはどこに向かって育っていくかにによって種類があるそうです。
ひとつは一番多い「筋層内筋腫」子宮の筋肉の中で大きくなっていきます。
二つ目は「しょう膜下筋腫」子宮の外側にむかって育っていきます。
三つ目が「粘膜下筋腫」数は少ないのですが子宮の内側にむかって育っていきます。

私のはこの全部がありますが、その中でも「粘膜下筋腫」が症状を強く出している筋腫だというのです。
これはまさに赤ちゃんのいるところについており、大きさがたとえ小さくても月経痛や生理過多を強く引き起こすというのです。
これはよくないものだし、すでに貧血の症状を起こしているのだから「子宮全摘手術」をした方がいいと言われました。

「子宮全摘手術!!」

私には大変ショックなことばで、とてもじゃありませんが了解はできませんでした。
その頃は鉄剤が効いてきて動けるようになっていましたから、なんとか手術はしないで鉄剤でやっていきたいと答えました。
それにあと数年で閉経になるはずだから、そうすれば小さくなっていくのでしょう?と尋ねました。

確かに閉経してしまえば小さくなることが多いけれど、しかしあなたの場合、まだ毎月生理があるのだし閉経はまだ何年も先と思う。
貧血は1年だって続くのは体全体のためによくないことだ、と言われました。
確かに貧血で痛い目にあっていたのでその意味はよく分かました。

とりあえずその日は鉄剤をいただき、次回もっと詳しく診るためにMRIを撮ることにしました。

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3.心臓ではなく貧血だった

循環器科では初めに色々な問診がありました。先ほど書いたようなことを全部説明しました。
その日のうちに心電図を取りました。
結果はすぐ出て心電図には問題はなかったそうです。
けれども私の話を聞いてまだ心臓の病気の可能性もあるので、今度来るときには心臓エコーと、運動しながらの心電図を取る予約しました。

そしてその次の病院の日に、予定通りまず心臓エコーの検査をしました。
横になって心臓のあたりにジェルを塗り、念入りにあちこちにエコーを当てて画像をチェックされました。
こちらは特に異常はなかったようです。

そして次に運動をしながらの心電図を取ります。
これはルームランナーで歩きながら心臓の動きの変化を見る検査です。さほどスピードは出ていませんが私にはきつい検査でした。
検査後、付き添った先生に「普段、何か運動をされていますか?」と聞かれました。私は運動は買い物で歩く程度で全くしていません。
「そうですか。それにしては心拍数が早いのです。」「歩き始めてわずか1分で心拍数が120までいっちゃってます。」と。
それで、運動をしていないのに脈が速いのであれば、特に女性では「甲状腺の病気」でそうなる人がある。
次回受診時に甲状腺ホルモンを調べる血液検査をしてもらうよう先生に言ってくださいとのことでした。

家に帰ってからネットで調べてみると、確かに甲状腺の異常でそのようなことがあるようなのです。
自分に当てはまるような気がしてきて心配になりました。

またある日たまたまテレビを観ていたら「貧血」についてやっていました。
こちらも動悸がしたり、体を動かすのが大変になったりと、これもまた自分に似ているなと思う症状でした。
鉄剤を飲めば良くなるとも聞いて、せっかく血液検査をするなら貧血も調べてもらおうと思いました。

そして次の受診で血液検査を申し出て「甲状腺ホルモン」と「貧血」の検査をしました。
結果は甲状腺は異常が見られず、「貧血」であることが分かりました。
そのときのヘモグロビンの数値は7.1しかありませんでした。
しかし異常を感じたのはあの坂道での数回だけで、普段はあまり体調の変化は感じられていませんでした。
貧血というものは少しずつなるので体が慣れてしまい、ひどくなるまで気が付きにくいようなのです。
しかしこのあと私の体調はどんどんひどくなっていったのです。

もちろんすぐに鉄剤を飲み始めました。
しかし鉄剤が効いてくるまでには一か月くらいかかるそうなのです。
医者は効いてくるまではあちこち歩き回らないで大人しくしていなさい。と言いました。さもないと倒れて輸血ものになると。
初めのうちはあまり実感はなかったのですが、だんだんと医者の言っていた意味が分かってきました。
そのうちに外を数メートル歩いただけで唇が紫色になりました。
そして静かに座っていても気が遠のくことがあるようになりました。
家事がなにもできなくなり貧血の怖さを思い知りました。

やがて一か月が経ち、鉄剤も効いてきました。
貧血の怖さを知ったので、このままにしていてはいけない。原因は何だろうと考えました。
特に栄養失調なわけでもないし、毎日3食しっかり食べていますし、過激なダイエットもしていません。
ならば思い当たる原因は、私にとっては「子宮筋腫」しかありませんでした。
医者にもそのことを告げると、「すぐにでも婦人科に行ってしっかりと原因を直さないとだめだ!」と言わました。

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2.動悸、息切れがするようになる

私が婦人科で「多発性筋腫」(子宮筋腫がたくさんあること)と診断されてから3年が経ちました。
とくに治療をすることはないと言われていたので、もうすっかりそのことを忘れてしまっているくらいでした。
婦人科へももうそれっきり行っていませんでした。

ところがある日のことです。
いつものようにスーパーへ買い物に行き、両手に重たい荷物を持ちながら帰ってくるときのことです。
うちのそばには急な坂道があるのです。
そこを上って行くときに、足が妙に動かなくなりました。そして心臓がどきどきして動悸がしてきました。
自分も随分体力が落ちたものだ。と思いましたが、続けてがんばって上って行き坂の上まで来たときに、今度はさっきよりもっと苦しくなってしまいました。
心臓がものすごく速く動いてバクバクしています。息もハァハァしています。
自分でもこれはただの運動不足ではない。何かの異常だと感じました。
しばらく止まって深呼吸をしていましたが、そのうち頭が酸欠のような感じになって、気が遠のいて倒れそうになりました。
とにかく休んで持ち直して家までは帰らないと、と思いました。

しばらく壁に手をついて息を整え、少しましになってきた隙に「今だ。」と家まで何とかたどり着きました。
玄関に倒れこむとそのままそこで横になってしまいました。
家族には顔色が悪いし、唇が紫色になっていると言われました。
水をもらい、しばらく寝ていたらだんだん気分がよくなってきて、やがて顔色も戻ってきました。
これはいったいなんだろうかと考えました。
その日は5月で急に夏のように暑くなったときでしたので「熱中症」にでもなったのだろうと考えました。

ところがそれから数か月後、また同じようなことが起きました。
また同じ坂を上るときです。両手には重たい荷物を持っています。状況は全く同じでした。
けれども今度は涼しい季節の頃でした。
前の出来事を「熱中症」で片づけていたのが、涼しくてもなった。なにか別の病気になっているのではないかと心配するようになりました。
運動すると心臓がバクバクするし、息切れがして、気が遠くなってくるので心臓の病気ではないかと思うようになりました。
それで、初めて近所の大きめの総合クリニックの循環器科を訪れたのです。
病気

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1.子宮筋腫が見つかる

私は先日入院し「子宮鏡下手術」を受けました。

子宮内にできている筋腫(「粘膜下筋腫」)を開腹せず下から取り除く手術法です。
お腹を切らずに済みますので、体への負担が少なく、回復も早い手術です。
ただし資格のある先生が少ないことと、視野の狭い中でする手術ですので医者の技術が高くないとできません。
またそれを受けられるには厳しい条件があります。

幸い私はそれを受けることができたのです。
ネットで見ても体験者の記録があまり出てこないので、このお話が同じ病気で悩む方への何か参考になれば幸いです。
そこまでに至る道のりを時系列順にお話ししていきたいと思います。

まず最初に子宮筋腫があると分かったのは今から3年前のこと。

私にはときどき腰痛があり、ぎっくり腰もやりますが、それとは違うタイプの腰痛もありました。
それが生理の前になるとひどくなるので、何か婦人科の病気があるのではないかと思ったのです。

私としては腰に来る生理痛かなにかではないかと考えたわけです。
そこで近所の婦人科を探し受診しました。

色々な問診があり、内診とエコー検査、血液検査を受けました。
私は婦人科の受診に慣れておらず、内診がとても痛くて痛くて苦痛でした。
先生もあまり感じが良くなく、心の中で二度とここへは来るまいと思っていました。
しかし、そこで子宮筋腫が発見されてしまいました。それもひとつではなく何個もあるというのです。

思いがけないことだったので私はとても驚きました。
けれども先生は「あなたはもう40歳後半に入っているし、筋腫は良性の腫瘍だから心配しなくていい。」と言いました。
「閉経すれば筋腫は小さくなるから特に治療は何もしないで放っておいていい。」とのことでした。

私はそのことばで安心し、もうあと何年かすれば閉経になるのだし、何もしなくていいのならば心配いらないなと思いました。
ただ、身の回りのご年配の方々の中には昔、子宮筋腫で手術された方を何人か知っておりその方たちはどうして手術をされたのかなという疑問はありました。
でも自分は医者にそう言われたのだから大丈夫、と何もしないままでいました。

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